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2010年12月13日

立志録【番外編VOL.32】12月卒業例会 ~立志必遂から勇往邁進へ~

<森本理事長>
 2010年度の最後を飾る12月例会がリーガロイヤル京都にて開催されました。この12月例会は本年40歳を迎えた昭和45年生まれのメンバーの卒業式を含む1年間の総括の例会でした。これまでにない多くのメンバーに御出席いただき、人間力開発委員会がまさに時間をかけて作りこんでいただきましたこの12月卒業例会、卒業生を代表して現役メンバーの皆さんに感謝を申し上げます。
 一年間の総括、そして各々のJC活動の総括。年数や関わった内容に個人差はあるけれど、それぞれのポジションで自分がやれる範囲で精一杯やったのなら、この2010年、そしてJCで過ごした日々に悔いはないのではないかと思います。確かにやった分だけ、何かしらの気づきや成長が得られるのも事実ですし、色々なバランスを保ちながらこなしていくのも1つのやり方かなとも思います。いずれにせよ、折角入った素晴らしい団体に多くの時間と少しのお金を費やすのであれば、仲間と共に過ごす日々を大切に大切にしてほしいと心から願うだけであります。
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 2010年は自分が理事長としてさせていただいた年でもありますが、これまでのJC生活において大変印象に残る一年となりました。色々な対外事業があり、また日本JCの解散、新日本JCの誕生、大阪世界会議の開催、LOM事務局の移転、数々の懇親会など、記憶が溢れるほど様々な活動があって、振り返りムービーを見ていると「あんな事、こんな事あったな」としみじみと感じさせられました。誰もがその瞬間、瞬間で真剣に取り組み、それが終わるとまた次の瞬間へと、本当に休みなく続いていく青年会議所活動。こうした12月例会に一年を振り返って思いを馳せてみるのも又、いいもんやと改めて感じました。
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“青年会議所は不連続の連続”。12月例会での区切りを終え、また新たなる旅路へと進んで参ります。2011年度は木村理事長のもと、35周年という節目の年を迎えるに当たって、今年以上に結束を強めて邁進して行かなければなりません。これまでの先輩方々の功績に感謝をし、2010年度に得た英知と勇気と情熱を最大限昇華させ素晴らしい2011年度を送られることをご祈念いたします。
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 卒業するに当たって、卒業生の誰もが多くの皆さんにお世話になり、そして多くの関わりを持っていただき、この学び舎を旅立っていきます。青年会議所で学んだ事は必ずや人生の色々な場面で役に立つことがあると思いますし、何よりJCで得た仲間、人と人の繋がりはこれからの人生を豊かにしてくれることと思います。

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 最後に改めて、2010年度社団法人山城青年会議所の活動に御協力、そして御尽力いただきました全ての皆さんに感謝し、卒業に際し、色々と心遣いをしていただきました皆さんに感激をし、12月卒業例会の御礼とさせていただきます。
 本当にありがとうございました!!

                            平成22年12月13日
                             理事長 森本豊誠

2010年12月04日

立志録【VOL.12】2010年度の締めくくりと次年度への贈る言葉

<総務広報委員会>
では、第12回立志録を取材させて頂きます。森本理事長、よろしくお願いします。

<森本理事長>
よろしくお願いします。

<総務広報委員会>
 2010年度の締めくくりとして今年度を振り返って思われることと、2011年度へ送る言葉を頂きたいと思います。

<森本理事長>
 2010年度は、委員会メンバーも難しかったと思いますけど、テーマが難しかったなと思うね。総務広報委員会にしても戦略的広報というようなことを言って、やはり例年になく考えてもらった一年だったと思う。2009年度までは45年組という長らくJCをやっておられた先輩たちがおられて、その方たちが卒業されて、どちらかというと歴の浅いメンバーが多かったですよね。特に理事会ではね。

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 私は、委員会やLOMに対して自分の中では理想というのを持っているんですね。市民主権はこうしたい、まちづくりはこうしたいなど。自分も委員長やったからわかるんですが、知ってのとおりJCは1年間で完結で、一年間しかその委員会として活動できない。じゃあどこまで委員長や委員会に求めるのがいいのかなというのを考ましたね。自分が理事長としてテーマを与える時に、2010年度は一年間で完結することをお題として与えるか、または遠い理想の話をして考えてもらうか、という事をまず考えたんですね。そうしてみると、今年度の理事メンバーは入会歴の浅いメンバーが多くて経験値が少ない、それを補うとしたら「考える」しかない。経験が少ないないなら考えささないといけない、と思って2010年度は考える一年にしようと思ったんですね。で、委員会にテーマを与える時に、一年間で完結できるようなお題を与えるのか、先の理想を含めたことをやるのか悩んだんですね。で、やっぱり考えるようにしてほしいと思ったから先の理想の方のお題を出したし、当然一年でやれることではないなと思ったからビジョン会議を作って5年、10年あるいは20年くらいをかけてもかまわないから決めたことをやってほしいなと思ったんですね。
 いまJCにかかわらず世の中若い人とか、主体性が無いと言われるように、人から与えられてこうしろとか言われるけども、この仕事しろよと言われたらその二倍も三倍も考えてやるのがいいんだけども、やれと言われたことしかしない。コピーしてと言われたらコピーしかしない。その先のことを求めていることまでしない世代があって、やはり自分達で考える、何事においてもそういう人になってほしいし、そういうメンバーであってほしい。2010年度はとりあえず「考える年」にしたんですね。そこでしっかりした足元だけじゃなしに、5m先10m先を見て、それでやってそれをまたみんなで共有して、こっちの方向でやっていってそれをまた皆でやってそれで2010年度は使命を終えて2011年度にはみんなで決めたことを一歩一歩こなしていこうという一年にしてほしい。だから2011年度に贈る言葉っていうのは、2010年度、僕が考えたことはみんなにとって不本意なこともあったかもしれないけども、それがJCのためにいいと思うなら取り入れてやってほしいと思う。

<総務広報委員会>
 2010年度で考えて道を作り、次年度はそれを飛躍させていくんですね。

<森本理事長>
 そう、NEXT STAGEへ。(笑)
 それはね、みんな自分の会社のテリトリーに入ってきたら一流でしょ。一流とは言わないまでも、専門でしょ。考えてやるでしょ。例えば看板屋さんならどうしたら良いディスプレイできるか、とか車屋さんならどうしたら格好良いかなとか、造園屋ならどんな庭を作ろうかとか考えるでしょ。本来会社の中核にいる人というのは、考える使命を持っていると思う。またその能力も備わっていると思う。それをぜひぜひJCで発揮してほしいと思う。なんか仕事とJCと別々で考えて、JCは怒られに来るところやとかね(笑)、決してそんな場ではありませんので、あくまでも本気と本気の男と男が意見をぶつけ合ってそれでお互い友情を持って相手を認め合って方向性を協議していこうという団体だと思う。理事長がこう言ったからこうだ、直前がこう言ったからこうだではないのよ。理事長がこう言っても、僕はこう思う、というのは大いに言ってもいいと思うんですね。その中でお互いに議論したら、自分の考えは浅はかやったなと気付く時もあるだろうし、悪かったと思ったら素直に認めたらいいだろうし。そうすることが切磋琢磨だと思う。

<総務広報委員会>
 JCの本質は意見を戦わせて、仲間と切磋琢磨することでメンバーや組織の成長につながると考えられるわけですね。

 さて、2010年度立志録では、森本理事長のお考を取材形式でお聞きし、日ごろの活動や事業ではなかなか伝えきれないことを、ウエブサイトを通じて皆様に届けてまいりました。体験談やメンバーに対する思いなどを赤裸々にお聞きすることができたのではないかと思います。
経験の浅いメンバーが多い現在、少しでも何かを得て、今後の活動に生かせて頂ければこの立志録の意味があったのかなと思います。何度も取材にお付き合頂き、本音で語って頂いた森本理事長、一年間有難うござました。
 立志録はVol.12で完結です。尚、番外編は2010年最終日まで続きますので、引き続きお楽しみください。

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立志録【VOL.11】山城青年会議所の5年後の理想

<総務広報委員会>
 今回は、森本理事長が考える山城青年会議所の5年後についてお聞きしたいと思います。よろしくお願いします。
<森本理事長>
よろしくお願いします。
<総務広報委員会>
 漠然とした質問ですが、山城青年会議所が5年後にはこうなっていればいいな、という理想はありますか。

<森本理事長>
 理想というのは漠然なことと具体的なことがありますが、漠然とした理想で言えば、一番思うのは今でも活気づいている、当然会員も増えて活気づいているのが理想やね。会員数も増えているのが理想だし、何度も言うようですが、もっとメンバーがJCに対して真剣に取り組んで欲しいなと思う。それは年初から言っている、時間もお金も使った「成果」だと思うんです。
 残念ながら2009年度は非常に盛り上がって、その引き続きでやっているけども、まだまだ目は実(じつ)には向いていない気がする。でも、それはすでに一歩は踏み出しているんです。まちに一歩踏み出したと思う、じゃあ次の一歩を踏み出すにはというのが2010年度だったわけです。
これから先はこれまでやってきたことを検証しつつ、実際の利益というか実際のその効果を検証して欲しい。例えば会員の資質の向上でもいいんです。どうなって欲しというとことまでいってほしい。

<総務広報委員会>
 理事長がよく言われる「結果」や「効果」で、1つ上げるとしたらまず何を上げられますか?
例えば、市民と行政のワークショップが毎月定期的に行われるようになっている、とか、山城のシンボルが全国的に有名になっている、などがあるのかなと思いますがいかがですか。

<森本理事長>
 5年後ならね、やはり会員の拡大かな。会員が右肩上がりに行きたいね。会員拡大はすべての事に起因するんだと思うんですね。会に魅力が無ければ会員は増えないでしょ。料理のおいしいお店は、一生懸命PRしないとお客さんは来ないけども、本当においしいいお店には放っておいても、列を作ってまで来るでしょ。そういう団体になってほしいなと思う。会員数が増えるということは、会が魅力的で、人だけじゃなく、やっていることもそうだと思う。入ってみたら仕事にはつながらないけども「ああ、なんか成長して帰ってきた」とか名刺の出し方を学んで帰ってきたとか。あの団体に入ったらはきはきとものをしゃべるようになったとかね。そんなことでもいいと思うんですね。あの団体に入ったらうちの会社にはメリットがある。まちづくりにしても、僕らがまちを変えたというくらいのことがあったら自分達もやってみたいなと思う人もいると思います。世の中にはまちづくりをやってみたいと思うひとはいっぱいると思うんです。そしたら選択肢はたくさんある。例えば、山城青年会議所もあるし、NPOやましろもあるかもしれないし、NPOまちづくりもあるかもわからないし。そんな時にどこに入ったら自分は一番まちづくりができるんだと考えた時に、そしらたこの団体だなと思われるようになってほしい。
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<総務広報委員会>
 では、1つの事業が成功することよりも会の魅力があがることのほうが大事だということですか?

<森本理事長>
 今年ビジョンで5つの柱を掲げたんですよ。これは5本のどれが欠けてもダメなんです。
2本ではもろいかもしれないし、1本ならふらふらするし、柱はある毎に会というのはどっしりする。バランスがよくなる。
 これはっていうだけではダメだと思う。バランス良くならないとダメだと思う。会員の資質だけ良くても、まあそれでもいいのかもしれませんが、それでは小さいものしか建たない。やはり色んな柱があれば色んなものが建つ。
 会員の資質の向上があれば会員の拡大につながるだろうし、そういうメンバーが多いとなればまた新たなこんなことをやりたいとか出てまちづくりというのが出てくるかもしれないし、そういうメンバーが多ければお正月は遊ぼうやとか交流になると思うし。非常に誘起的につながると思う。だから、「これが」というのは無いですね。まちづくりだけしてたらいいのではないと思う。まちづくりと資質だけでは会員拡大は無くてもいいのかというと、2~3人でできるのか、と言われたら何か事業をしようと思ったらこれだけの人数はいるでしょ。私は今年の委員会でも、自分達の委員会でできることをしなさいよと言っている。

<総務広報委員会>
まちづくりだけをしていてもダメだということですか?

<森本理事長>
 バランスが有ると思う。3人でできるまちづくりや300人でできるまちづくりがある。3人しかいないのに300人でやるようなことをやろうとしてもできないじゃないですか。でも、いづれ目標は300人でやるようなことを目標として掲げて、事業としてこっちを向こうと。で、事業で300人必要なら会員拡大を300人入れるようにしようとか。で、これだけ増えたらなきっちりした組織の規律が要るなということで規律を作っていこうとか色んなことが全て絡み合う。
 だから柱というのはどれが重きでもなく皆が皆生きていくものです。
家でもそうでしょ、大黒柱はあるかもしれませんが、他の柱が抜き出てたら家が傾くでしょ。同じような大きさ同じような配置にしないとね。
本当に今まで色んな考え方をもってきて、理想というと突きつめると私の名刺の裏に書いている「存在価値」と「存在価値」なんですね。存在意義だけあってもだめなんです。私たちはまちづくりのためにやっているんだという意義だけでは、盛り上がらないし、うだうだなら意味が無い。存在意義があって存在価値が無かったらね。
 でも存在価値があったら、入会したら楽しいことがあるで、とか、入ってきたら勉強になるでと言いながらも入ってきたら何をしているかわからなかったり、町や市民のためになってなかったら意味が無い。存在価値がないとこの団体が地球上に存在している価値はない。だからそれはまちづくりにこだわっているわけではないんですよ、社団法人はまちづくりをしないといけないとも書いてないし、会員の資質向上だけでもいいと思います。まちづくりを別にしなくてもなんとかなるかもしれないし。

<総務広報委員会>
まちづくりをやらなくてもいいかもしれない、とおっしゃるのは意外ですね。

<森本理事長>
 メンバー自身がまず色んなことを深く考える人になるのが大事だということですね。まちづくりだけじゃなしに、僕らはこういう団体だというのをみんな持って、意見をぶつけ合うのが青年会議所だと思う。俺はまちづくりじゃなく会員の資質向上だけでいいねん、と思っているだとかね。要は自分の主観や意見を持ってほしい。
 当然まちづくりで有るべきだという意見もある、それを戦わせてお互い理解して「お前の言うこと分かるな」「お前の言うこともわかるぞ」というのを見出していくのがやり方だと思う。そんなメンバーになってほしいと思う。今は誰かがこう言えば、そうやそうやとなってしまう。
 色んな考え方があると思う。10人いたら10人の考えがあると思う。それを戦わせて皆で目指していこうというのが青年年会議所だし、それは小さい中ではそれでいいと思うけど
大きくなってくればそれは実際にも反映していける思う。
 みんなが市民がそういう意識を持っていないと、誰かがこの方向やと言ったら皆がその方向に動かざるを得ない。考えていなかったら議論ができない。
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<総務広報委員会>
 なんでこうするんだと言われて、トップがこうすると言ったから、では意思が無いですね。
考えを持って意見をぶつけられる人間になって欲しいということですね。有難うござました。


立志録【VOL.10】森本理事長の最も印象的なJC体験記

<総務広報委員会>
 森本理事長の数年のJCライフの中で、最も印象に残っている体験についてお話し頂きたいと思います。よろしくお願いします。

<森本理事長>
わかりました。

<総務広報委員会>
 森本理事長は日頃から、JCは良い団体だと常におっしゃっていて、ご自身も常に全力でJC運動に取り組んでおられますが、失礼ですが入会当時はそんなに真面目なメンバーではなかったと聞いたことがあります。そんな理事長が真剣に取り組むきっかけになったきっかけがあると想像するのですがいかがですか。

<森本理事長>
 不真面目というわけではないんですよ。私はバランス人間なんですよ(笑)JCに入っている人の話を聞くととてもじゃないけど、JCばっかりやってられないと思ったんですね。行けるときは行く、行けない時は行かない、というスタンスでした。当時の私のバランスから言うとね。

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<総務広報委員会>
 そんな頃があったんですか。その視点からいくと、JCには何があっても来ないといけないという風には思わないんですか。

<森本理事長>
 そんなことは思わないですね。まあ、役職があれば別ですけどね。ただ当時の自分は、来ないなら来ないなりの意見をもっているかというとそうでもなかったですね。今はみんな、活発に来てるのでそんなに問題にならないですが、行けないなら行けないなりのやり方がある、と言うでしょ。
 当時はそういう考えがなくて、理事になると来ないといけなくて、必然的にしょっちゅう行くと理事に抜擢されるという考え方がはびこっていた、その中でのバランスですね。そういうところで自分を分析すると、長男だから・・、決して長男びいきではないんだけども、長男は結構家を継がないといけないなどの責任感があったりする。だから一度、理事を受けたら必ずやらなあかんというのも分かってたし、一度受けたら自分はやってしまうというのもわかっていたので、例会に行ける日でも調整していたりしましたね。

<総務広報委員会>
 なるほど、自分自身の性格を分かりつつ、バランスを取っていたんですね。入会当時から器用だったんですね。その理事長がその一線を越えようと思った事柄は何だったんですか?

<森本理事長>
 山本委員長の時にブロック出向に行ったんですね。それは山本先輩の委員会に入った時に「森本っちゃん、ブロック行ってくれへんか」と言われ、山本先輩には世話になったし「それなら行かせてもらいます」ということで行った委員会が会員大会運営委員会でした。LOMからは僕ひとりでね。ひとりなんで、自分が行かないといけない。PRも行かないといけない。毎回毎回の出向者報告があるんで、例会も必ず行くようになった。その結果理事にあがってしまったという形になった。元来、受けたらその責任をまっとうしようという性格なんで一生懸命にやりましたね。それが次の年のまちづくり委員会の委員長でした。そこで委員長になったけども、自分が仕事を抱えながらJCをやってた背景があったので、みんな仕事抱えてるし、と思うとメンバーに振れなくて、結局人に振らずに自分でやってしまったんですね。その時の公開討論会という事業は、自分の中で最も印象に残っているんですが、山城青年会議所では公開討論会という事業は初めてだったんですね、初めてだから誰も教えてくれる人がいない。それで、京都府のLOMの中で公開討論会をやったことのあるLOMがあってね、船井JCとか宮津JCとか。今の藤山監事が当時担当副理事長で、船井JCが公開討論会をやったことあるというので一度話を聞きに行きました。船井というところは、結構ガチガチのところでして、公開討論会には批判的でした。JCの中でも反対があったようです。その中で当時の理事長がやろうと言ってやったそうです。
 選挙は、落選したら候補者はただの人になるのでみんな必死なんですね。サラリーマンではなく、何の仕事もない人になってしまう。そんな中で公開討論会をやったので、その人の人生も左右するという責任感もありましたね。

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 その年は、JCでも公開討論会元年と言われた年でした。統一地方選挙の時で、ちょうど4年前ですね、それまで公開討論会は全国でもポツポツと行われていたんですが、一気にこれを広めようという年だったようで、春の統一地方選挙では全国でやってくれという依頼があって、うちのLOMもやったんですね。当時、公開討論会のことなど誰に聞いてもわからなかったし、それじゃということで自分で調べてやったし、ネットでダウンロードしたり、当時は関連するフォーラムがあったんでTELしたり、日本JCにTELして副委員長とやりとりして、たくさん話をしました。その副委員長は去年尼崎が50周年の時の理事長で、今年は日本JCに委員長として出向されてる方です。そんな人と色んな話をしたから仲良くなったり、そんなことがあって楽しかったね。やはり自分がやった公開討論会が一番印象に残ってますね。それだけ思いがあって事業をやっていましたしね。
 そういえば当時はマニフェストが出始めのころだったのを思い出しました。

<総務広報委員会>
そうですね、民主党がマニュフェストを強く打ち出して頃ですかね。

<森本理事長>
 公開討論会はあくまで入口であって、投票率を上げるという意味合いは少なくて、どちらかというと政策で選ぶというのが本来公開討論会のメインテーマなんですね。候補者のことを良く知ってたらいいのですが、知るはずもなく、街宣車が来ても名前の連呼で一票をお願いしますばかりの選挙が目立ちますよね。当選させるための選挙ではどうかと思うし、やっぱりちゃんと自分達で選びたいと思うので、自分達の考えの近い人をするためにやった事業ですね。だからしっかり意見を持った人に出てきてほしいですね。

<総務広報委員会>
国民、市民には選ぶ権利があますからね。それが市民主権への第一歩につながるんですね。

<森本理事長>
 いや、国民主権、市民主権ってなに?という話ですよ。僕らが選ぶ、僕らが投資をするんです。首長さんには、私たちがこうしたいという総意の元にやってもらうものだと思っています。一億人の人間が集まって議論するわけにはいかない。木津川市6万人なら6万人が集まって話をするわけにはいけないでしょ。だからそうやって総意の代表の人がやるわけなんです。私たちの代表選手なんです。だから選ぶのに、自分の考え方とマッチしていない人を選ぶことはできないでしょ。単なる顔と名前が一致だけでは選んだとは思えない。選挙はお願いします、お願いしますだけでなく私たちの代表選手を選べるように公開討論会という事業をやるんです。公開討論会を行うにあたって、担う人がそこをきちん説明できたらいいんですが、それができずに、傍聴者が何人来たから成功だとか、候補者が何人来たら成功だ、とかの理論になってしまうのは私は少し違うと思うんですね。
 当時私は公開討論会については、恥ずかしながら全く知らなかったし、いろいろと自分なりに調べて苦労した結果、事業というのはそういうものなんだけれども、やっていく毎に深みが増していくんですね。こんなことあるんだとか勉強になるし、そうやっていくことの重大さに気付いたし、これはいいことだと思いましたね。そういう経過も有り、公開討論会は私がやった中では、一番印象に残る事業でしたね。ただ公開討論会だけでは、制約も多くて実際に候補者の考えを聞いたからといって、その候補者が適正か否かは判断できにくい。自分達の考えというより、その人の考えに賛同するかどうかであって、市民主権の意味からすると逆だと思いますね。私たちと同じ意見を持った人を送り出すべきところなのに、単なる選ぶ権利でしかないですからね。

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<総務広報委員会>
 私たちの代表になる人を決めるには選択肢が少ないですし、必ずしも民意が反映されているとは言えないですね。

<森本理事長>
 あくまで例えばですが、木津川市において市民の大勢が都市化せず自然を残すこと望んでいるのに、3人の候補者が3人とも都市化を進めたとしら、民意ってなんだと思う。まあ、分かっていたら候補者は出すとは思うんですがね。今はそんな環境だと思うので、今年は市民主権として市民が関われる仕組みを作らないといけない、自分達がこの国を統治するしくみが必要なんだ、と思って市民主権確立委員会を設置したんですね。自分達がこの国の有り方を決めていく当事者なんだから、それは市長でも議会でもなく私たち自身がね。そのためにもっと勉強もしないといけないと思いますね。

<総務広報委員会>
 なるほど、公開討論会ではできない市民が参画できるシステムを市民主権確立委員会につながったわけですね。
 確かに日常政治との関わりが少ない私たちでも、市民主権確立事業によって市民の声が反映される仕組みがおぼろげながら見えました。それは公開討論会での限界を感じた森本理事長だからこその発案だったんですね。よくわかりました。有難うございました。

立志録【VOL.9】郷土愛について

<総務広報委員会>
では、第9回立志録を取材させて頂きます。
JCのまちづくりではよく「郷土愛を育む」と言いますが森本理事長の考える郷土愛を教えてください。

<森本理事長>
郷土愛ねえ。中島委員長は故郷を離れたことはありますか。

<総務広報委員会>
私ですか?大学の時は一人暮らしをしてました。

<森本理事長>
そうですか。私は高校まで笠置町で過ごして、大学は大阪に通いました。でも大学の時って楽しいから故郷のことなんか考えないですよね。就職も大阪に行ったんですね。その時転勤で島根に行ったんですね。その時に、島根もやし大阪でもそうかな、当時は車も無くて電車で帰ってきたんですね。大阪から天王寺から奈良駅をまわって奈良から帰って来るんですけど、駅もローカルな駅なんで余計にそういう雰囲気があってね、あー故郷に帰ってきたと思ったね。そういうのがあって初めて郷土愛を感じたかな。よく「故郷は遠きにあり」というように、近くにいたら感じないけども、
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ただ、この故郷をどうしようかというところまでは考えなかったけども、それをJCに入って初めて考える機会があって、郷土愛とかまちのことを考えないとあかんなといけないなと思うようになりましたね。特に今は人口も減ってきてまちとして存続自体がどうこう言われている時だから余計にね。特に私の場合、笠置町が本当に無くなるかもしれない。町の人口が2000人を切ったんですね。それで毎年の出生率が5人とか6人。そんな状況なんです。毎年5人の人間が増えても10年経っても50人しか増えない。
私は自分の故郷が無くなるなという危機感があります。じゃあどうしようかっていうとなかなか手は打てない、それは町も同じなんですけどね。うまく都会も田舎もできるようにならないかなと思うんですけどね。笠置だけでなく、全国でもそういうところはたくさん有ると思うんですね。そういう自分の体験、一度外へ出て違うところで住んで、帰ってきたときに感じるところが郷土愛というか郷土に対する思いが芽生えてきたというのかな。

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<総務広報委員会>
離れてみてわかったのと、JCに入ってまちづくりを真剣に考えたことがきっかけで郷土を実感したわけですね。

<森本理事長>
改めて向き合ったからですね。JCでは郷土愛、郷土愛っていうけれども、本当に郷土愛を育むと思ったらまちの人と向き合うことが必要ですね。いま便利に住んでいる人はあんまり郷土愛を感じてないと思うんですね。境界線もないし。
まちと本気で向き合うことによって行動を起こすきっかけになるんだと思います。
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<総務広報委員会>
なりほど、離れてみて自分の居場所は故郷だと感じ、JCでまちに対して行動できるきっかけを持てたわけですね。今こそそれを実践する時ですね。
森本理事長、有難うござました。

立志録【番外編VOL.31】11月例会 ~市民主権とは~

<森本理事長>
市民主権確立委員会が一年間をかけて追い求めてきたもの、政治や行政と市民との架け橋となる社会システムの構築~真の市民主権の確立を目指して~。去る11月9日に集大成となる11月例会を開催いたしました。そもそも市民主権とは何なのか、あるいは地域主権とはどのような事を指すのか。地方の時代と言われて久しく、一向に地方地域が主体とならないわが国のあり方について、様々な議論や会議が持たれております。関西においては関西広域連合が設立されいよいよ本格的に地方の時代へとなるのかと感じるところでありますが、いざ地方へと権限や財源が移譲されて来たときに行政はもとより、私たち地方に属する市民はその認識あるいは用意があるのかどうか。これまでは言葉が先行していた事柄に中身も伴っていかなくてなりません。地方の時代になって何が良くなるのでしょうか。色々な長所短所はあるかも知れませんが、地方独自の特色を出して地方自治が運営できる。そんな事も地方分権のメリットではないかと思います。

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 国民主権という憲法の原則にもなっている事柄ついて、私たちはどれだけ理解し、またその権利を享受しているのでしょうか。例会でも申しましたように、主権とは自分たちに利益をもたらす権利の事を言っているのではなく、あくまでもこの国を統治していく権利の事であると私は考えております。かなり平たく言えば自分たちの事は自分たちで考えて、決めて行こうよという事で、何やら誰かに任せておけばいいとか関係無いなどという考えは主権の放棄でもあるのです。しかしながら国民主権の原則にも関わらず、“民意が反映されていない”とか“国民を無視した行動だ”などと言われる今の社会には、すこし違和感を感じるところであります。それならば本来のあるべき姿を追い求めて行こうとするのが、今回の市民主権の確立を目指す運動であります。

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 私たちのまち“やましろ”は今でこそ、人口増加率も著しく都市化の一途を辿る地域を有しておりますが、一昔前まではまだ田舎な素朴感が残る地域ではなかったかと思います。人と人との繋がりが濃く、山城国一揆にも代表される住民の合議制をもって運営していく気質を持ち合わせた人が集まる地域でもあるのです。これをこれからの地方の時代に合わせて、行政や政治と市民とが理解をしあい運営していく仕組みが今の社会には必要なのです。

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 その事を皆さんに御理解いただきたく11月例会を開催いたしました。この難しく難解な課題に果敢に挑んでいただきました尾形委員長をはじめ市民主権確立委員会の皆さんご苦労さまでした。皆さんの努力に無関心から微関心の風が吹いたのだと感じております。この運動はまだまだ始まったばかりですので、方向性がぶれることなく次年度以降も続いていけますことをご祈念いたします。

                            平成22年11月15日
                             理事長 森本豊誠

立志録【VOL.8】山城青年会議所がまちに対してできること

<総務広報委員会>
では、第8回立志録を取材させて頂きます。
森本理事長、よろしくおねがいします。

<森本理事長>
よろしくお願いします。

<総務広報委員会>
山城青年会議所はまちづくり団体として活動していますが、現実的にできるできないがあると思いますが、森本理事長ががまちに対してできることは何だとお考えですか?

<森本理事長>
 私はまちづくりの委員長を2年させてもらったんですが、まちづくりってなかなか一般の方には伝わらないんですね。特にJCでは例会や事業でするんですが、やっている委員会や事業はずっとそれを揉んでいるので、意識や関心が高いですが、実際に事業をやるのは1日ですよね。じゃあそれで本当にまちが変わるのか?ということなんですね。僕らがまちを変えると言いながらも、じゃあどこまでまちのことを全部知った上で、それはこうやと言ってるのか、と思うんですね。一方的にこうなったらいいというのを言っても、物事には色んな側面があるんで押しつけになりかねない。まちの実情を知らないで言うと、「お前知らんくせに言うな」と言う風に喧嘩になるでしょ。まちがようなるために何が必要かというのをとことん出し合った上で、一歩進むような青年会議所であってほしいと思うんですね。それは山城青年会議所が最も真剣に考えてやるべきことだと思いますね。
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 例えば、郷土愛を育んで、それがどうなって利益をもたらして、まちを出て行く子を止めるなど、理想だけではなく、実際の「効果」までを言わないと意味が無いと思う。郷土愛を育んで、郷土を好きになって、自分の生まれたところでずーっと住んでもらうような世の中にしたい、とか。いまは一極集中の東京とか大阪に行ったりするのは日本にとって良くないから、自分の地域にずっと代々住む形態がいいとか。本当にそれがいいのか悪いのかを検証した上でね。それが本当の郷土愛だと思うんですよ。
 そこまで言うのが郷土愛だと考えないといけないと思いますね。人には仕事で郷土を離れないといけないこともあります。故郷を離れてもできることがある。例えば笠置で言うと、郷土に対して寄付金をされた方がいたんですね。大阪の実業家でね、故郷なんとか基金とかで、故郷笠置町に対して1億円で桜を植えてくれと寄付された。そういうのが芽生えて初めて郷土愛が生きてくるんです。
 そういうのをなしに郷土愛と言っても何のことかよくわからない。JCでは議案で、目的の部分を散々揉むでしょ。それがものすごくいいところだと思うけれど、今の現状ではまだまだ理の部分が入口の薄っぺらいところだけでしか議論していない気がする。市民の意識を高めてどうなんやという一歩先まで題材として考えてほしい。


<総務広報委員会>
 郷土愛を育むにも成果や目的を持つべきだということですね。手法だけを求めてもそれは入口の部分だということですか。


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<森本理事長>
 そうですね。作ってどうなんだ、ということなんですよね。山城のランドマークを作るっていうと、例えばゆるキャラとかひこにゃんとか言われてるでしょ。あれもそういった市民共通の認識としてイメージキャラクターを作るだけで終わってしまうと、ここまで盛り上がってないと思う。それを使って彦根市をアピールするとか、彦根市を知ってもらうとか、そういうところまで目的をもっていかないと。その先には彦根を知ってもらったら、一回彦根に行きたいなとかひこにゃんに会いたいなとかね、人に来てもらう、来てもらったら経済効果があるとか。あるいは、良い町と思ったら住む人がいるかもしれない。例えば彦根か近江八幡のどっちに住もうかなと思った時に、やっぱり彦根にしよう、となる何かを作るとか、そこまで考えるべきだと思う。それは1住民としてよりも、1経済人として効果まで考えてね、そういう経済効果まで考えて、まちにとって有意義なことを考えていかなければならない。そこまでのことを踏み込んで考えて行かなければいけない。たとえ行政が「これはいい案だ」と思っていても、いざ行政も実施するリスクがあるので動かない。市民主権確立事業の中でも、。木津川市の職員さんですごく良いこと言っていたアイディアマンがいたでしょ。

<総務広報委員会>
そうですね、古墳の利用方法など、斬新な意見を持ってましたね。

<森本理事長>
でもそれができるかというと、なかなかできない。行政の1職員としてではね。

<総務広報委員会>
そうですね、市長が「やる」と言えば別ですけどね。

<森本理事長>
そうそう、そこをJCがやれる役割だと思うんですよ。

<総務広報委員会>
市や町が動けない事も、JCだからできる、と考えられるわけですね。

山城ミュージアム2.jpg

<森本理事長>
 自分達が考えてこんなことをしたらどうや、と、ただたんに押しつけではなしに、経済効果も考えて、こうだというのを考えて提案していったらいいと思うんです。それをそういう成果無しに、このようなと言うとあんまり振り向かないと思うんですね。例えば中島委員長の会社は、印刷屋さんやからね、「このプリンターは新商品で便利ですよ」という紹介だけでは、買う気にならないでしょ。例えばランニングコストが安くなりますよとか、印刷のコストは変わらないけども、品質が上がりますよ、とか。買いたいというメリットが無いと買わないのと一緒で、郷土愛を持っても何かメリットが無いと人は集まらないと思うんですよ。
まちに対してできることはもうちょっと実益みたいなものがないと難しいんではないかと思うんですね。

<総務広報委員会>
本気でまちおこし事業をやるくらいの勢いですね。

<森本理事長>
 それは使命だからね。単なるボランティアではなく、我々が青年経済人の集まりである団体の最大のメリットはそこなんですよ。本気でこの地域に恩恵をもたらそう、という気でやらないといけない。あまりにそういう気概無しにうわべっ面だけで話している気がする。意識改革と言っているが何を持って改革と言うのか。
 京都ブロック協議会でも投票率を上げる為に公開討論会をやっている。でも本気で投票率を上げるには、それではあがらないと思うんですね、公開討論会では。それよりもっと「行こう行こう」とまわりの人に声をかけるほうが効果があるはずなんです。
公開討論会はあくまで、候補者の意見を聞いた上で首長を選ぼうということなんでね。公開討論会をに何人来たというのでは事業のために人を集めるということになる。
ボランティアの団体とは違う、実利を求めてやっている団体としては結果が無いとだめだと思う。
だからもっとまちに対してできることは?どうしたらこのまちは喜ぶんだ?と、それを考えるのが私たちだと思うし、笠置町なら何がいいんだ、木津川市なら何がいいんだ、京田辺なら何がいいんだという風にね。

<総務広報委員会>
経済人の団体だからまちに何らかのメリットをもたらすことができると考えるわけですね。
それが実現できれば山城JCの存在価値は上がりますね。
森本理事長のまちづくりに対する考えがよくわかりました、有難うございました。

以上、立志録VOL.8でした。